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来年こそは桜をバックに写真を撮ろう

 

あれよあれよという間に2026年の第一四半期が終わり、短い春休みを謳歌する娘を店主に任せ、私一人、関東にある実家に帰省したのが先週土曜の夜。

 

18時までの営業を終えたその足で仙台駅に向かい、駅ビルでお弁当とビールを買い込んで、指定席でプシュッとプルタブを開けました!出張帰りのサラリーマンになったような気分で、なんだかワクワク😚 つい写真を撮ってしまいました。

 

実家では遅い時間の到着にも関わらず、両親が起きて待っていてくれました。正月以来の帰省。年に数回しか顔を出さないからでしょうか。きっと何歳になっても子どもは子ども。元気な顔を見せるだけで親孝行している気になります。

 

いつもは早い時間に床につく父が、その夜はいつまでも起きていて…。母とガールズトークをしたかったのに、私の方が眠気に勝てませんでした。

 

翌朝、実家近くの川沿いの桜並木を眺めながらの朝ラン。最近は帰省の際は必ずランニングシューズを持参します。父の退職を機に両親がここに住み始めた20年ほど前に植え付けられた桜の苗木が、時を経て今や立派な大木に。川べりに咲く菜の花と桜の木々のコントラストを楽しみながらいつまでも走っていられる気分になります。


 

私より一足先に川原に散歩に来ていた父は、私の姿を見つけると「すごいなー、走るのかー!」としきりに感心したような声を上げます。

齢80を過ぎた父は「わしはこの通り、元気いっぱい、ぴんぴんしとるよ!」とガッツポーズを見せてくれますが、ここ数年での衰えは明らかです。歩く速度がゆっくりになり、記憶がぼんやりとすることも増えてきました。もうこれは仕方がない。誰にでも訪れる "時の経過" の現れです。

 

この帰省の折、そんな父との何気ない会話をSNSに投稿したら、いつもの倍くらいの「いいね!」をいただきました。ハムソーの投稿よりもいいね!が多いなんてちょっと複雑ですが、多くの方が共感し共有する経験なんだろうと思います。以下抜粋です。

 

「走るのか、すごいなー」を繰り返す父は

ここ数年で記憶のぼんやりが多くなり

帰省のたびに何度も聞かれます

 

「お店は繁盛してるのか?」

左うちわとはいかないけど

 なんとかやれているから大丈夫

 

「常連のお客さんはついているのか?」

うん、ありがたいことにたくさんいらっしゃるよ

春は移動の季節で 仙台去る人、来る人

たぶん新しいお客さまにもこれから出会えるはず

 

「一年で一番忙しいのはいつなんだ?」

12月だよ

「なんでだ?」

お歳暮とかクリスマスとかあるからね

 

同じ会話の繰り返しだけど

父が安心してくれるならそれでいい

隣で母が呆れてるけど…

 

毎日何度も同じことを聞かれたり、同じ説明をしなければいけなくなると、正直穏やかに対応するのは難しいだろうな…と思います。私に同じ質問を繰り返す父を見て母は何か言いたげですが、私は時々やってきては孫を無責任に甘やかす祖父母みたいな気楽さで答えます。

 

それよりも、「繁盛しているのか?」「常連のお客さんは?」と次に聞かれた時に、「いや、あの、実はさ……」なんて言うことがないように気を引き締めないといけないのです。

 

私が実家に帰ると、よく父にはパソコンのことを聞かれます。今回もトラブルが発生したらしく、「なんだかいつもと文字の色が違うんだよね」と、Wordの画面を指さしています。何かの拍子に校閲タブの「すべての変更履歴/コメント」ボタンをクリックしてしまったようでした。

 

ワンクリックで元に戻して一件落着でしたが、見るとはなしに目に入った文章はどうやら日記のようでした。「今日は資源ごみ排出日」とか何でもないことを日々書き留めているようですが、「〇〇(父の名前)しっかりしろ!」と自分に喝を入れるような言葉もありました。ちょっと見てはいけないものを見てしまったような、でも、自覚もあるんだな…となんだか複雑な気分。父なりに頑張っているんだな、と思うわけです。

 

そんな父のフォローに毎日きりきり舞いになっている母は正直大変ですが、今のところ認知機能にまったくの衰えが見られず、生来の几帳面な性格そのままにあれこれ私にも世話を焼いてくれる母は本当に頼もしい。

 

帰省していると言いつつも、都内で人と会ったり、取引先を訪問したり、春ランだと外に飛び出す私に、「あなたは本当にお父さんに似て、全然家にいないのね」と、若き日の父の姿でも思い出しているような軽い愚痴も。やはりちょっと顔を出すだけでは、親孝行にはならないのかな。

 

「今度来るときは〇〇ちゃん(娘の名前)も連れてきなさいよー」と、実家を去ろうと靴を履く私に母が言います。「随分大きくなったんだろうねぇ、そういえば、〇〇ちゃんは今何文?」

 

え、「ナンモン」って…???

 

一瞬戸惑う私の顔に気づいた母は、「あはは、なんでだろう!娘の頃には靴のサイズのことを "何文" って言ってたのよー」と自分のギャグに受けている人よろしく爆笑しています。

 

いやいや、私には十六文キックくらいしか、文(モン)の使用事例は分からないけど、これを読んでくださっている皆さまはいかがですか?

 

調べてみたら、日本でメートル法が採用された1959年(昭和34年)までは、履物の単位には文が使われていたそうです。確かに、母が小・中学生くらいまでは使っていたみたい。一文は約2.4cm。一文銭の直径です。一文銭は1953年(昭和28年)に廃止されています。

 

「いやー、お母さん、ちょっと大丈夫?? そんな大昔のことが自然に出てくるなんて、お母さんももしかして…」

「あははは、もう何よ、親をからかうのも大概にしなさいよ!」と強気のぴしゃり。

 

まぁ、母のことはまったく心配していないんですけどね。面白かった!ちなみにお孫ちゃんの靴のサイズはもう十文です。

 

仙台に戻る新幹線の中、さっきの母の発言を思い出して笑いをこらえたり、父のWordの日記の言葉を思い出してはしんみりした気分になったり…。で、ふと気づきました。あんなに桜がきれいだったのに、両親と写真の一枚でも撮れば良かったと。結局、私は自分のことばかりでまだ親に甘えているいい歳をしたお子さまでした。

 

来年こそは、桜をバックに一緒に写真を撮ろう。

それまでどうか二人とも、元気で仲良く過ごしてくださいね。